不妊治療・体外受精は今も進化中。妊娠したい人を応援する社会に【ドクター&ジャーナリスト対談】

不妊治療の保険適用がスタートした2022年に高度生殖医療の最前線に立つドクター・京野廣一先生と不妊治療の現状を追い続けるジャーナリスト・河合 蘭さんの対談を行いました。
それから約1年が経ち、患者さんや医療現場にはどんな変化が生じているのでしょうか。
そして今後の課題とは─?
改めてお2人に保険適用化の“今”と“これから”を語り合っていただきました。

今回は不妊治療の保険適用「専門医&出産ジャーナリスト対談」後編です。

監修の先生

河合蘭 さん

PROFILE:出産ジャーナリスト。1986年より妊娠、出産、不妊治療に関する取材・執筆活動をスタート。雑誌や新聞、WEBなどで多数執筆。東京医科歯科大学、聖心女子大学などで非常勤講師も務める。2016年、著書『出生前診断-出産ジャーナリストが見つめた現状と未来』(朝日新書)で科学ジャーナリスト賞を受賞。その他の著書に『未妊-「産む」と決められない』(NHK出版)、『卵子老化の真実』(文春新書)など。 http://www.kawairan.com

京野廣一 先生

PROFILE:不妊治療専門クリニック「京野アートクリニック」理事長。1978年に福島県立医科大学を卒業し、東北大学医学部産科学婦人科学教室に入局。1983年、チームの一員として日本初の体外受精による妊娠・出産に成功。2001年には日本初の卵子凍結(緩慢凍結法)による妊娠・出産に成功した。1995年に宮城県大崎市、2007年に宮城県仙台市、2012年に東京都港区高輪(https://ivf-kyono.com/)、2019年に岩手県盛岡市にクリニックを開院。 2016年、東京都品川区にHOPE(日本卵巣組織凍結センター)を開設し、2020年、より安全な同区北品川の高台に移設。

不妊治療の保険適用「専門医&出産ジャーナリスト対談」 #2
※参考:「妊活たまごクラブ 初めての不妊治療クリニックガイド 2023-2024」

卵子の在庫を調べるAMH検査の必要性

■河合蘭さん(以下、河合):保険診療では、検査はどのように変わりましたか?

■京野廣一先生(以下、京野):精液検査、排卵の有無を確認する各種検査、卵管が通っているかを見る卵管造影検査など、不妊治療を開始する前の基本的な検査はひととおり保険で受けられます。
ただ、ちょっと困っているのは「AMH検査」です。AMH(抗ミュラー管ホルモン)は育ち始めたばかりのごく小さな卵胞が出すホルモンで、これが多いか少ないかで卵巣に残っている卵子の数が推測できます。この検査は、体外受精をやろうと決めたあとは保険で受けられますが、保険診療でタイミング法や人工授精などの一般不妊治療を行っているかたは基本的に受けられません。

■河合:それは不便ですね。卵子の数は、どんな治療を受けるか考える時点で欲しい大事な情報ではないでしょうか。タイミング法からゆっくり進めるのか、それとも一足飛びに体外受精から始めるのかは、卵子の余裕を知ってから決めたいですよね。

■京野:保険診療の範囲内でできる検査もあります。FSH(卵巣刺激ホルモン)の値を見たり、月経3日目に経膣超音波で卵巣の中の卵胞を観察するAFC(胞状卵胞数)を調べたりすれば、早発卵巣機能不全の兆候をある程度はとらえることができます。でも、AMH検査は採血するだけで、超音波検査では見えないごく初期の卵胞のことがわかる。生理周期に縛られず、いつでも受けられる点も便利なので、治療をスタートする時点で保険でAMH検査が受けられたら患者にとってメリットが大きいと思います。

■河合:保険で不妊治療を受ける人がAMH検査を早く受けたいと思ったら、どうすればいいのでしょうか?

■京野:私のクリニックでは今、「プレコンセプションケア」といって、妊娠のしやすさに関わる検査をまとめて受けられるコースを設けています。自費診療なのでお金がかかってしまいますが、保険で不妊治療を受ける予定の人は、治療を始める前にプレコンセプションケアを受けておくと新しい検査も受けられます。昔からある「ブライダル・チェック」が進化したようなものですね。AMH検査はもちろん入っていますし、妊娠しにくくなる可能性がある性感染症のクラミジア、ビタミンDの血中濃度、精子を攻撃してしまう抗体の有無を調べる抗精子抗体の検査などもできます。抗精子抗体も保険で認められていない検査です。

■河合:今、自分が将来妊娠できるかどうかを心配する未婚女性が増えています。そうしたかたもプレコンセプションケアが受けやすいようになるといいと思います。

■京野:未婚女性のなかには、未受精卵子凍結(受精前の卵子を凍結すること)に関心を持つかたも増えているようです。私のクリニックでも、がん治療に臨むかただけでなく、一般のかた向けの「ノンメディカルな卵子凍結」についてオンラインセミナーを開催するようになりました。

■河合:最近は精液検査やAMH検査でも、自宅でできる自己検査キットが販売されていますが、京野先生はこれについてどうお考えですか?

■京野:自己検査は手早く自分の体について知る便利な方法だと思います。ただし、自己検査の結果が必ずしも病院での検査結果と一致するわけではありません。医療機関で総合的に判断することも大切ですから、自己検査の限界を理解したうえで上手に使っていただきたいと思います。

着床前検査の妊娠率は約70%

■河合:「着床前遺伝学的検査(PGT-A)」は、胚の染色体を調べて、妊娠できない胚移植や流産を減らす検査として注目されています。日本生殖医学会のガイドラインでも高く評価されましたが、保険適用のかたには使えない状況がずっと続いてきました。

■京野:PGT-Aは、最近になって大阪大学が先進医療の承認を受けましたが、しばらくは実施施設がかなり限られる見込みです。まずは大学や連携施設がデータを蓄積し、その有効性が国に認められれば先進医療として普及して、やがては保険適用になるかもしれません。すでに出ているデータによれば、PGT-Aの効果は明らかであり、日本でPGT-Aによって胚移植に適していると判定された胚を実際に子宮に戻したときの妊娠率は約70%と発表されています。

■河合:助成金制度がなくなってしまった今、先進医療が認められていない状態でPGT-Aを行う場合は治療費が全額自己負担になるので、経済的負担は非常に大きいですね。

■京野:1回の体外受精で100万円を超えることが多いと思います。ですから今、PGT-Aを受けるかたは激減しています。次の診療報酬改定は2024年4月。そのタイミングで、より多くの薬や治療法が認められることが期待されます。

未来の不妊治療に必要なこと

■河合:京野は、日本で最初の体外受精にも関わっていらっしゃいました。いろいろな時代を知るからすると、保険適用に至るまでの道のりは長かったと思います。

京野「体外受精は今も進化中。それを患者さんのために使いたい」

■京野:1983年、鈴木雅州(まさくに)教授のチームの一員として日本初の体外受精を成功させました。当時は、治療には入院が必要で、全身麻酔による腹腔鏡手術で卵を採取していました。超音波検査もなく、尿検査で黄体化ホルモン(LH)を調べて、卵の採取タイミングを判断していたんです。体外受精はその後、驚異的なスピードで進化しました。受精卵の凍結ができるようになり、1985年には腟から針を刺す現在の採卵法が始まり、外来で採卵が可能に。さらに顕微授精ができるようになり、無精子症の男性でも子どもが持てる時代になりました。これらの技術の進化を経て、現在の体外受精があります。体外受精は今も進化し続けていますので、それを患者のために使い、もっと多くのかたにご自分の赤ちゃんを抱いていただきたい。そのためにも柔軟な保険制度が必要だと思います。

■河合:そして、若いうちに妊娠を望む人たちを応援する社会になってほしいですね。

■京野:そこが、もう1つの大事なポイントです。先日、私は国際学会で北欧に行きましたが、妊娠や子育てに関する支援が進んでいると感じました。フィンランドの首相はサンナ・マリンという30代の女性(※2023年6月に辞任)です。ニュージーランドにも有名な女性首相がいましたね。

■河合:前首相のジャシンダ・アーダーンですね。彼女は首相になってすぐに妊娠し、世界で初めて首相在任中に産休を取得しました。日本なら「無責任だ」と言われそうですが、ニュージーランドに住むかたに聞いてみたところ、「そういう声はないし、そう思っている人がいたとしても、口に出して言える雰囲気ではない」ということでした。

河合「妊娠したい人を温かく応援する社会になれば」

■京野:日本とずいぶん違いますね。日本では、年齢が高くなると妊娠しにくくなるという教育さえ、まだ十分ではありません。若い世代が社会を変えていってほしいですね。

■河合:多様性がもっと尊重され、妊娠したい女性とそのパートナーがもっと大切にされる社会になるよう、進んでいけるといいですね。

【TOPICS1】京野先生おすすめ「プレコンセプションケア」

プレ(pre)は「〜の前の」、コンセプション(conception)は「受胎」。つまり「プレコンセプションケア」は、妊娠前の健康管理=「若い世代の女性とパートナーが将来の妊娠・出産に備えて現在の体の状態を把握し、日々の生活習慣や健康と向き合うこと」を意味します。2015年には国立成育医療研究センターが日本初の「プレコンセプションケアセンター」を設立しました。

【TOPICS2】「ノンメディカルな卵子凍結」とは?

小児やAYA世代のがん患者などが疾患により妊孕性(妊娠する能力)を失う前に卵子を凍結保存しておく「メディカル(医療的)な卵子凍結」に対して、健康な状態にありながら将来の妊娠・出産に備えて行うのが「ノンメディカルな卵子凍結」。東京都は2023年度から、このノンメディカルな卵子凍結への補助金導入をスタートしました。

【TOPICS3】大阪大学医学部附属病院でPGT-Aが先進医療として認められた

京野アートクリニックが2016年に設立した、日本初の卵巣組織凍結保存センター「HOPE」。卵子凍結、受精卵凍結、精子凍結、卵巣凍結のすべてが実施可能。
京野アートクリニックが2016年に設立した、日本初の卵巣組織凍結保存センター「HOPE」。卵子凍結、受精卵凍結、精子凍結、卵巣凍結のすべてが実施可能。

2023年3月、厚生労働省の先進医療会議にて、大阪大学が申請していた受精卵の染色体を調べるPGT-A(着床前胚染色体異数性検査)が、「先進医療」として承認されました。
この検査は自費診療のため保険適用との併用ができませんでしたが、先進医療になれば検査は自費ながら、採卵や移植は保険診療でできるように。
他にも申請している大学があるため、今後は先進医療として実施が広がる可能性も考えられます。

京野廣一先生 プロフィール

不妊治療専門クリニック「京野アートクリニック」理事長。1978年に福島県立医科大学を卒業し、東北大学医学部産科学婦人科学教室に入局。83年、チームの一員として日本初の体外受精による妊娠・出産に成功。2001年には日本初の卵子凍結(緩慢凍結法)による妊娠・出)産に成功した。2007年に仙台(宮城県)、2012年に高輪(東京都)、2019年に盛岡(岩手県)に不妊治療専門クリニックを開院。2023年9月からは品川(東京都)での診療も開始する。

京野アートクリニック

河合蘭さん プロフィール

1986年より妊娠、出産、不妊治療に関する取材・執筆活動をスタート。東京医科歯科大学、日本赤十字社助産師学校で非常勤講師も務める。2016年、著書『出生前診断-出産ジャーナリストが見つめた現状と未来』で科学ジャーナリスト賞を受賞。その他の著書に『未妊-「産む」と決められない』『卵子老化の真実』など。

河合蘭 Official Site

●不妊治療を考えたら読む本〈最新版〉 科学でわかる「妊娠への近道」(講談社ブルーバックス)

不妊治療を考えたら読む本〈最新版〉 科学でわかる「妊娠への近道」(講談社ブルーバックス)

浅田レディースクリニック理事長の浅田義正先生と河合さんによる共著。不妊治療のバイブルとして支持される1冊に、最新情報を加えた改訂版が発売された。

●撮影/土田 凌
●構成・文/河合 蘭
●構成/本木頼子

※記事掲載の内容は2023年8月25日現在のものです。以降変更されることもありますので、ご了承ください。

▼『妊活たまごクラブ 初めての不妊治療クリニックガイド 2023-2024』は、妊活から一歩踏み出して、不妊治療を考え始めたら手に取ってほしい1冊。

この記事のキュレーター

妊娠・出産・育児の総合ブランド「たまひよ」。雑誌『妊活たまごクラブ』『たまごクラブ』『ひよこクラブ』を中心に、妊活・妊娠・出産・育児における情報・サービスを幅広く提供しています。

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