SRHR「私の体は私のもの」?日本の理解が進まないのはなぜ? 

SRHRとは、Sexual and Reproductive Health and Rightsの略で、日本語では「性と生殖に関する健康と権利」と訳されます。あらゆる世界の現場での体験をもとに、現在SRHRアクティビストとして活動中の福田和子さんに、基礎知識と日本と世界の違いなどを伺いました。

SRHRとは、「私の体は私のもの」と考えること

–福田さんがSRHRを知ったのはいつ頃で、どんなきっかけでしたか?

「初めて耳にしたのは、2016年に最初の留学でスウェーデンに行ったときですね。パブリックヘルスに関する授業、ジェンダーに関する授業など、さまざまな場において『SRHR』という単語が出てきたのが最初です。その後、スウェーデン性教育協会の支部にボランティアに行ったりしたのですが、その活動の中心にも『SRHR』がありました。」

–硬い言葉なので難しく考えてしまいますが、福田さん流に言うとどうなりますか?

「『私の体は私のもの。私の人生は私が決める』という感じですかね。この言葉の意味は広く、ひと言で表すのはとても難しいんですが、想定外の妊娠や感染症などの病気にならないのはもちろん、心身のウェルビーイング(幸福)がいつも満たされるように、正しい情報を得て自分のセクシュアリティやお付き合い、セックス、出産などについて『自分で決めていい』という考え方だと思います。」

 この考え方は、1995年に中国の北京で開催された第4回国際女性会議において確立されたもので、「すべての女性のあらゆる側面、殊に自らの出産数を管理する権利を明確に認め再確認すること」など、さまざまな項目が国際文書として残されたそう。

 「海外ではすでに一般的であり、私もスウェーデンで社会、人権、ジェンダー、公衆衛生などの授業でも学んだことですが、日本においては30年近く放棄されているのが現状です。」

–約30年前に定められたという「SRHR」。なぜ日本では広まらないのでしょうか?

「この概念自体、日本においては『存在しない』ことになっていると思います。言葉を知っているか否かのみならず、SRHRが満たされている状況では決してないと思っています。例えば、避妊や中絶に関してもアクセスが限られすぎています。

 避妊などの問題は『触れてはいけないもの』であり、望まない妊娠をするのは『自分(女性、妊娠した人)が悪い』ことになってしまうのが、日本の現在の社会です。以前、緊急避妊の活動をしていたときに『男性もきちんと避妊してください。私たちには成す術がないんです』という言葉を聞きました。世界には今、妊娠する側が出来る術はさまざまあるのに、それが日本では令和になっても実感できない。まるで明治時代のような話で、時が止まったままなんです。」

 

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この記事のキュレーター

ハースト婦人画報社が運営する各メディアが取材を重ねて得たセクシュアルウェルネスに関する知見を、複数の媒体で横断的に発信するプロジェクトが「WeSAY(ウィーセイ)」です。

あらゆるジェンダー、セクシュアリティの人が、身体的、感情的、精神的、社会的にウェルビーイングな状態でいられるための情報を発信しています。


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