不妊治療「まずは保険治療でスタート」専門医&出産ジャーナリスト対談

保険適用化によって、これからの不妊治療はどうなるのか? 新たに見えてきた課題とは?
約40年にわたり高度生殖医療に携ってきた医師の京野廣一先生と、不妊治療の現状を追い続けてきた出産ジャーナリストの河合蘭さんが語り合いました。

今回は不妊治療の保険適用「専門医&出産ジャーナリスト対談」後編です。

監修の先生

河合蘭 さん

PROFILE:1986年より出産、不妊治療、新生児医療に関する取材・執筆活動をスタート。東京医科歯科大学、日本赤十字社助産師学校で非常勤講師も務める。2016年、著書『出生前診断-出産ジャーナリストが見つめた現状と未来』で科学ジャーナリスト賞を受賞。その他の著書に『未妊-「産む」と決められない』『卵子老化の真実』など。 http://www.kawairan.com

不妊治療の保険適用「専門医&出産ジャーナリスト対談」 #2
※参考:「妊活たまごクラブ 不妊治療クリニック受診ガイド 2022-2023」

 

夜中の手術だった 初期の体外受精

■河合さん:
京野先生は約40年にわたって体外治療に携わってこられて、ずいぶんといろいろな過程を見てこられたと思います。京野先生がこの道に入った頃の体外受精は、どんなものでしたか?

■京野先生:
それはもう、今思い出すと隔世の感がありますね。私は1978年に医学部を卒業して東北大学産婦人科の医局に入ったのですが、この年にたまたま、体外受精による第1号のベビーであるルイーズちゃんが英国で生まれました(※)。

■河合さん:
なんだか運命的ですね。

■京野先生:
そのとき、私の上司にあたる鈴木雅洲(まさくに)教授が「日本でも体外受精をやろう」と言って我が国における先駆者となり、苦心を重ねた末、1983年、日本初の体外受精に成功しました。今日の私があるのは、鈴木教授がそのチームに誘ってくださったからです。

■河合さん:
初期の体外受精は、卵管が詰まっているかたのための治療だったと読んだことがあります。ルイーズちゃんのお母さんも、卵管が詰まっているため不妊症になっていた若い女性だったとか。

■京野先生:
そうなんですよ。患者さんも今とは全然違いました。今は、体外受精は年齢が高い人の妊娠法だと思っているかたもいますが、かつては高齢で妊娠しようとする人はほとんどいなかったし、検査で不妊の原因が特定できるようなかたがほとんどでした。そして、当時と今では技術も全然違うんです。当時の体外受精は入院が必要でした。全身麻酔をして、腟からではなく、おなかに穴を開けて卵を採っていました。腹腔鏡手術だったのです。

■河合さん:
えっ!?

■京野先生:
そして、卵を採るタイミングも、超音波検査で卵巣を見る技術はまだなかったので、尿検査で調べていました。4時間ほどかけて尿中のLH(黄体化ホルモン)を調べ、卵を採るのに最適な時間帯を導き出すのです。そうすると、卵を採るのはたいてい夜中になります。だから私たちは夜中の11時頃に大学病院に集合して、日付が変わる頃に手術を始めていました。夫に精子を採ってもらうのは午前4時頃で、受精させるのは明け方6時くらい。体外受精は、夜中の仕事だったんです。

■河合さん:
すごい。採卵は本格的な手術だったんですね!

■京野先生:
そして受精卵を子宮の中に戻したら、そのあとは24時間、ベッドの上で安静でした。

■河合さん:
動いたら受精卵が落っこちてしまう、と思われたんですね。

■京野先生:
今は違いますよ(笑)。受精卵は落ちてこないとよくわかったので、すぐに歩いて帰るのが普通です。でも当時は、受精卵を子宮に入れるということがどういうことなのか、誰もわからなかったから、トイレに行かなくてもすむように導尿もして、寝てもらっていました。

※ 1978年7月25日、英国で、ルイーズ・ブラウンが世界初の体外受精ベビーとして誕生。治療にかかわったエドワーズ博士はこの功績でノーベル賞を受賞

変化の速さに国はついていけるか

■河合さん:
そんな大変な手術だった体外受精が、その後、どのようにして今の形になっていったのでしょう。

■京野先生:
次から次へと目まぐるしい変化が起こり、大変なスピードで進みました。東北大学が体外受精に成功したわずか2年後にはもう腟から針を刺す現在の採卵法が始まり、外来で採卵ができるように。体外受精は今の姿に大きく近づきました。また、初期はおなかに穴を開けても採れる卵は2~3個くらいだったのですが、1981年に「hMG製剤」という、卵をたくさん育てる薬(排卵誘発剤)が開発され、1回の採卵でたくさんのチャンスが得られるようになりました。卵がたくさん採れると、今度は「凍結」という、卵を眠らせておく技術ができた。凍結胚でできた赤ちゃんが世界で初めて誕生したのが1984年のことです。

■河合さん:
わずか数年で、そんなにたくさんの技術革新が起きたのですね。1980年代といえば、今、妊娠しようとしている30代、40代のかたが生まれてきた頃――。

■京野先生:
男性不妊でも、顕微授精法という技術が出てきて、妊娠できる確率が格段に上がりました。その翌年には、精液に精子がまったくない無精子症でも妊娠できるところまで発展したのです。また、胚を「胚盤胞」と呼ばれる段階まで育てられる培養液や、「ガラス化法」という凍結法が出てきたことも、世界中の体外受精を大きく変えました。

自費診療での体外受精は高額に……

■京野先生:
そうした時代の変遷を経て、今があるのです。そして今も、医療は日進月歩の勢いで進化し続けています。こうした変化を目の当たりにしてきた私としては、これだけ急速に発展した技術に、果たして国の保険医療制度がついていけるのか、ということは少し心配です。

■河合さん:
今すでに「日本の女性は、海外の女性に比べて治療の選択肢が少ない」という印象があります。日本の妊娠・出産の医療は、もう少し時代に合ったものであって欲しいとよく思っています。京野先生が今、もっと普及してよいと考えている体外受精の技術は何ですか?

■京野先生:
自分の卵子が得られない人がほかの女性から卵子をもらう「卵子提供」、まだ妊娠できない女性が自分の卵子を凍結しておく「卵子凍結」など、いろいろあります。
そして、たくさんの人が求めている大事な検査としては「PGT-A(着床前胚染色体異数性検査)」が挙げられるでしょう。子宮に戻す前の胚から細胞を少しだけ取り、妊娠不成立や流産の主な原因である染色体異常がないかどうかを調べる検査。胚を子宮に何度戻しても妊娠しないかた、流産を繰り返しているかたには有効な検査で、海外では体外受精のオプションのひとつとして普及しています。しかし日本では、PGT-Aは学会のガイドラインが高い推奨度で有効性を認めたにもかかわらず、保険診療としても、先進医療としても認められませんでした。

■河合さん:
そのため、PGT-Aを受けたいかたは、保険適用で体外受精を受けることをあきらめなければいけなくなりましたね。

■京野先生:
そうなんですよ。日本では、同一の病気について自費診療と保険診療を一緒に受けることを「混合診療」と呼び、併用は禁止されていますから、そうするしかないのです。しかも今、自費診療で体外受精を受ける人はとても高額になります。保険適用開始前は自治体の助成金制度があって、採卵なら30万円もの助成金がおりましたが、その制度は保険適用開始と同時になくなりました。ですから、自費診療のかたは今、公的な支援が何も受けられないのです。だから保険適用以降、私のクリニックでは、PGT-Aを受けるかたは減っていますね。これまでPGT-Aを受けていたかたも、そこに有効な技術があるというのに、あまり選ばなくなってきました。

まずは保険治療でスタート

■河合さん:
患者さんにとって悩ましいのは、もし自費診療を選んだら、それで妊娠率がどれくらい変わるのかというところだと思います。保険診療では使える薬や検査が限定されますが、自費診療ならPGT-Aもできるし、治療全体においてその人にとってベストな検査や薬を使えるわけですよね。保険で治療するとその人に合った治療を選びにくくなり、妊娠のチャンスを逃してしまう心配はないでしょうか?

■京野先生:
例えば、保険では卵巣過剰刺激症候群を防ぐ薬が認可されなくて、保険で治療するかたは卵を育てるところが少し難しくなっている。だから、保険適用の治療では妊娠しづらいかたが出る可能性はあります。ただ私は、8割くらいのかたは保険の範囲内でできる基本的な治療でも十分に妊娠できると思っています。

河合さん「生殖補助医療の変化はものすごく速い。それについていける保険診療であって欲しいですね」

■河合さん:
では、まずは保険治療をやってみて、それでなかなか妊娠しないということがわかったら自費診療も検討するという形になりますか。

■京野先生:
そういうことになると思います。そして、私たちとしては基本的な治療も、それが難しいかたへの最先端の医療も、どちらもそれぞれの最善を尽くせるように努力していきたいと思っています。

■河合さん:
課題は多いですが、不妊治療が身近になっていくことは素晴らしいと思います。子どもが欲しい人、それを助ける先生がたの声に国がもっと耳を傾けて、制度がさらに進化していくことを願っています。

【河合さんが考える】不妊治療クリニック選びのCheck Point

クリニック選びは不妊治療を始める人がいちばん悩むところですが、本当に大切。それが結果を左右することもありますから、じっくり考える価値は十分にあります。

基本的には、最新の知識がある専門クリニックや、病院の専門外来がおすすめです。一般の産婦人科にかかると、あとで「効果のない治療をしていた」とわかっても、時間はもう取り戻せません。

不妊治療専門クリニックはサイトの情報も詳しく、事前のセミナーなどもあるので利用しましょう。また、体外受精では、受精卵を扱う胚培養士の技術も重要です。

京野廣一 先生
河合蘭 さん

●撮影/土田 凌
●構成・文/河合 蘭
●構成/本木頼子

※記事内容、日付、監修者の肩書、年齢などは掲載当時のものです。

 

▼『妊活たまごクラブ 不妊治療クリニック受診ガイド 2022-2023』は、妊活から一歩踏み出して、不妊治療を考え始めたら手に取ってほしい1冊。

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この記事のキュレーター

妊娠・出産・育児の総合ブランド「たまひよ」。雑誌『妊活たまごクラブ』『たまごクラブ』『ひよこクラブ』を中心に、妊活・妊娠・出産・育児における情報・サービスを幅広く提供しています。


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