ご懐妊!! 第1話 プロローグ~奇跡は突然やってくる~
OLの佐波は、苦手な超イケメン鬼部長・一色とお酒の勢いで一夜を共にしてしまう。しかも後日、妊娠が判明!
迷った末、彼に打ち明けると「産め!結婚するぞ」と驚きのプロポーズ!?
仕事はデキるけどドSな一色をただの冷徹上司としか思っていなかったのに、家では優しい彼の意外な素顔に佐波は次第にときめいて…。
順序逆転の、運命の恋が今始まる!
丸窓に縦線。
この意味がわかる人は、これを手に取ったことのある人。
私は一度上を向いて、「ああ」と呻いた。それからもう一度、手の中のスティックを見下ろす。丸窓の縦線は、よりくっきりしていた。
あぁ~マジですか~。
妊娠検査薬、陽性。
梅原(うめはら)佐波(さわ)、二十七歳、独身。私、妊娠している。
心当たりはひとつだけ。彼氏の涼也(りょうや)とは一ヵ月は会ってないし、そういうことは二ヵ月はしていない!ってことは、やっぱりあれだよなぁ。
私の脳裏にうっすら浮かぶ映像。思い当たるのはあの夜だけ……。
あー、私のバカバカバカバカバカ!なんで避妊せずにしちゃったかなぁ?
っていうか、私もあっちもベロベロに酔ってたから……。いやいや、最近のドラマだって、そんなベタな展開はない。あげく妊娠って……。
どうしよう!私、どうすべき?
ちなみに私は、ひとり暮らしの自宅のトイレでこの煩悶(はんもん)をしております。
とりあえず、これ持って出よう。
トイレから出て、検査したスティックはティッシュを敷いてキッチンカウンターに置き、スマホで妊娠検査薬の当たる確率を調べる。
え?ほぼ百パーセント?
驚愕の数値に固まる。しかし、正常妊娠か異常妊娠かはわからないらしい。
そうか、子宮外妊娠とか聞いたことあるし……。私は『妊娠してないかも』という期待を込めて考える。
まず病院に行ってみよう。保険証と、あとなにがいるのかな?この検査スティックは持っていくべきなの?一応、ポリ袋に入れてバッグの内ポケットにイン。
家から出て、会社に休む旨を電話する。時刻は八時少し前。始業は九時だけど、総務の誰かは出社しているだろう。
案の定、二歳上の男性社員が電話に出た。電波の向こうで彼は呑気な声。
「お大事に~」
お大事というか、一大事なんだけど。
私はヨロヨロと駅に向かって歩きだす。
ふたつ隣の駅の総合病院を目指す。あそこなら、産婦人科があったはず……。
総合病院の産婦人科で受付を済ませると、まずは検尿コップを渡されてトイレへ向かった。それからたっぷり二時間待って、診察室に呼ばれる。
「最終生理日がこの日で……。今朝、検査薬で陽性ね」
おじさん先生が言った。
「あー、検査薬は見せなくていいから」
あ、そうなのね。私は頬を赤くしながらスティックをバッグに戻した。
「じゃー、診てみましょうか。お隣の内診室に移動してください」
私は看護師さんに案内されながら、お隣に移動。
「下は全部脱いでしまってくださいね。バスタオルをかけて、こちらの椅子に座ってください」
看護師さんに指示され、驚く。
「あの、お腹に機械を当てるんじゃないんですか?」
「お腹にプローブを当てて見えるのは、もう少し赤ちゃんが大きくなってからですよ。子宮や卵巣のチェックもあるし、今日は下からね」
椅子状の内診台に乗せられ、恥ずかしいくらい足が開いていく。
アルコール消毒をされたと思ったら、冷たい棒みたいなのが入ってきた!気持ち悪い感触に、私はうぇーっと顔をしかめた。
「うーん」
グリグリと棒を左右に動かしながら、おじさん先生が言う。
「見えないねぇ」
「え?赤ちゃん、いないですか?」
思わず嬉しそうに聞いてしまった。先生は答えない。もう一度棒をグリグリやって、最後に指でもグリグリ触って内診終わり。
診察室に戻ると、先生が紙を一枚手渡してくる。
「はい。これエコー写真ね」
それは白枠に真っ黒のペラペラした写真だった。中央に扇状の無数の白のラインが描かれている。
「梅原さんの最終生理日からすると、今日は五週一日にあたるんだけど、排卵日がズレたかな?まだ見えてこないねぇ」
「それは、赤ちゃんはできてないってことですか?」
期待を込めて、身を乗り出してしまう。しかし、先生は持ち上げた右手を左右に振って、あっさり答える。
「いやいや、尿検査でも反応出てるし。妊娠はしてるって感じかな」
「子宮外妊娠とか……」
「可能性はゼロじゃないけど、今見る限り、卵管も綺麗だしね。ほら、このエコーを見て」
おじさん先生が人差し指でエコー写真を指した。
「ここ、小さく隙間があるでしょ?」
目を凝らす。確かに数ミリほどの隙間が確認できた。
「ここに胎嚢(たいのう)ができてくるかなあって感じ?」
「胎嚢?」
「赤ちゃんが入ってる袋ね」
「はあ」
よくわからず、曖昧に返事する。赤ちゃんって、袋に入っているものなの?
「まあ、まだよくわかんないから、来週また来て」
その言葉に、私は口をポカッと開けた。
はー!?病院でもよくわからないって、なんなんじゃい!え?妊娠ってそんなものなの?っていうか、私はどう受け止めればいいわけ?
大混乱のうちに帰宅した私に、その日できることはもうなかった。パニックすぎて会社に行く気力が湧かない。今日中に仕上げなければならない仕事はないし、このまま休みをもらってしまうことにした。
翌日から土日祝日と三連休の間、なにも手につかず悶々と家で過ごした私は、火曜日に出社した。オフィスに到着するなり、デスクに突っ伏す。
別につわりで気持ち悪いとか、そういうのはない。でも、これから顔を合わせる相手が問題……。私、正常に反応できるかわからない。
「おい、梅原」
来た!おそるおそる後ろを振り向く。そこには部長、一色(いっしき)褝(ひとえ)がいた。
「一色部長……おはようございます」
「なんだ、おまえ。死にそうな顔だな。生理か?」
明るくセクハラ……っていうか、その生理が来なくて困ってんじゃい!
とは言えないので、ひきつった笑顔を返す。それをどう取ったかはわからないけど、部長はふんと鼻で息をついた。
「なんでもいいが、松井地所の案件、今日納期だからな。忘れるなよ」
「ああ~、はい!そうでしたね!松井地所の京橋のね」
「わかってるなら、とっととやれ」
彼は冷たく言って、もう私のほうは見ない。
颯爽(さっそう)とオフィスのデスクの間を抜けていく精悍(せいかん)な姿。
普段なら、心の中で後ろ姿に悪態をつく。しかし、今日はそんな気分になれない。
どうしよう……。あんな冷血上司に言う自信ない……。
お腹の子の父親はあなたです、なんて。
ランチは近くの牛丼屋にした。別にひとりで入るのなんか気にならない。時間がないときはだいたいひとりで格安ランチだ。
でも、妊娠報告は気が重い。いや、まだ言う必要ないよね。確定してないし。少なくとも今週の金曜日、産婦人科を再診するまでは、疑いの段階だ。
よし、仕事を片づけてしまおう。そして今のところは、なるべく接点を減らしておこう。決意して、会社に戻った。
それほど大きくないけど、業績優秀な広告代理店『アプローズ株式会社』。私はこの会社の不動産担当グループで、グラフィックデザイナーをしている。具体的には物件広告のデザインをする仕事だ。自分で一から作り上げるわけではなく、必要な素材はクライアントがくれる。それらを並び替えてデザインを構築することがほとんどで、それほどクリエイティブとはいえない。それでも、毎日楽しくこなしている。
昼休みの残りを使って、本日が納期の仕事を片づけた。
よーし、一色大部長殿に見せてやろうと探すけど、部長はいない。営業に同行していて、いないのなんてしょっちゅうだけれど。
「あの……、一色部長は?」
副部長にあたる女性、和泉(いずみ)さんに声をかけた。
「あら?ウメちゃん知らないの?部長なら、今日からシンガポールに出張」
「え!?いつまでですか?」
「十二月の頭。何日までだっけなぁ。あ、松井地所の案件は私がチェックするよう言われてるから、見るわよ」
完成したデザイン見本を渡しながら、愕然とした。
十二月頭って、三週間後じゃん……。もし妊娠してたら、お腹の子は何ヵ月になるんだろう。
いっ……言いそびれた!完全に機を逸した……。
うわぁぁぁ!どうしよう!
翌日、いても立ってもいられなくなった私は、有給休暇を使って再び病院へやってきた。本日も二時間以上待って、診察室に呼ばれる。
「すみません。仕事の関係で今日しか来られなくて」
軽く嘘をつきつつ、嫌な思い出の残る内診台へ向かう。例の妙な機械を下から入れられ、気持ち悪いと顔を歪めていると、おじさん先生の声が聞こえた。
「お、見えた、見えた」
え?
「ほら、梅原さん。モニター見て」
言われるままに、天井に斜めにくっついたモニターを見る。
例の真っ黒な画面に、ポチッと細いラインでイビツな円ができている。すごくちっちゃいけど。
「これ、胎嚢。赤ちゃんの姿はまだ見えないけどね。はい、妊娠してますね」
ここにきてようやく、先生は『妊娠』と言いきった。それは、まだどこかで間違いだと思いたかった私の、安易で薄っぺらい気持ちをぶっ飛ばした。
「おめでとうって、言っていいのかな?」
おじさん先生が言った。私が〝未婚〟欄に丸をしていることを先生は知っている。
「か……考えさせてください……」
私は内診台の上で言った。声が震えていた。
梅原佐波、二十七歳。
やっぱり、やっぱり妊娠してます……。
「ご懐妊!!3~愛は続くよ、どこまでも~」はコチラから
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