ご懐妊!! 第12話 ようこそ赤ちゃん
OLの佐波は、苦手な超イケメン鬼部長・一色とお酒の勢いで一夜を共にしてしまう。しかも後日、妊娠が判明!
迷った末、彼に打ち明けると「産め!結婚するぞ」と驚きのプロポーズ!?
仕事はデキるけどドSな一色をただの冷徹上司としか思っていなかったのに、家では優しい彼の意外な素顔に佐波は次第にときめいて…。
順序逆転の、運命の恋が今始まる!
お産を終えたあと、私はなかなか寝つけなかった。
『お疲れでしょうから預かります』と、ポンちゃんは新生児室に引き取られ、部長がうちの両親を連れて帰った。私が部屋でひとりのんびりできる環境は整っている。
出産はすさまじい大事業だった。想像を超える痛みを味わった。よく正気でいられたよ。……つくづく思う。
だから身体はクタクタのはずなんだけど、不思議なことに気力がみなぎっている。
これは本で読んだ、産後ハイという状態かしら。胎盤が身体から出た関係でホルモンバランスが乱れて興奮したり、悲しくなったり、ドキドキしたり……。人間の身体って面白いな。
「今日からママかぁ」
無目的に窓を開けてみたり、荷物の整理をしたりする。
早く朝にならないかな。ポンちゃんに会いたい。部長と名前も決めなきゃ。
焦れる気持ちをコントロールしようと、ベッドに仰向けになる。すると、なんだか涙が出てきた。
ポンちゃんが産まれた。痛くて感動は半分くらいだったし、もうふたり目は無理ってくらいしんどかったけど、ちゃんと産まれた。
今までのほほんと生きてきた私でも、仕事で失敗をすれば生きる価値なしって気分になり、彼氏と別れれば孤独感だって味わった。
でも、もうそんな気分にならない。私は娘を授かった。きっと、一生幸せだ。
そりゃあ人生、なにがあるかわからない。とんでもない悲しみに打ちのめされたり、死にたくなったりするほどの出来事だってあるだろう。
ポンちゃんだって、いつまでも私のそばにはいてくれない。
だけど、もう寂しくはない。ポンちゃんのママになれたから。そのことが私の一生を明るく照らしてくれる。
不思議な確信を持って、私は思った。
翌朝、ポンちゃんは私の病室に戻ってきた。ミルクを少し飲ませてもらったそうで、機嫌よく真ん丸い目で私を見ている。
腕がぐーんと伸びる。それがバタンとベビーコットに下ろされる。
ああ、ポンちゃん、お腹の中でもこんなことしていたでしょう。ママ、めちゃくちゃ痛かったんだからね。
まだ薄い髪の毛を撫でる。可愛い。抱っこすると、いい子に抱かれている。やっぱり可愛い。
これが母性というやつだろうか。だとすれば、母性は自然発生的だ。お腹を痛めた我が子って表現をするけれど、痛めなくてもポンちゃんを見ていたら愛しさが湧いていただろう。
ポンちゃんを抱っこして、少し揺らしてみた。ポンちゃんは、まだなにをされているのかわからない様子だ。
そんなことをしていると、部屋に朝食が運ばれてきた。もうそんな時間なんだ。
ポンちゃんを下ろすのもなんなので、片手と膝でポンちゃんの身体を支え、空いた右手でパンやスープを食べた。むむ、不便だけどできないわけじゃないぞ。
食後に、初めてのオムツ換え。タイミングよく、時田さんが現れた。
「時田さん、まだ帰らないの?」
お世話になっておいて、はよ帰れ的なことを言う私。
いや、お産を取り上げたあとだし、疲れているんじゃないかなーって。
「お気遣い、ありがとうございます。もう交代の時間になりますので、ご心配なく」
相変わらずのツンツン口調。もう慣れたよ、あなたのそれ。
時田さんの指導の下、ポンちゃんのオムツを換える。おへそがまだぐじゅぐじゅしていて、触っていいものか不安。さらに、ポンちゃんのオムツには、おしっこに混じって少量の出血がついていた。
「ぎゃ!時田さん、この子、血ぃ出てる!大丈夫かな!?」
「問題ありません。新生児月経というものです。女児はまれに、母親のホルモンの影響を受け、こうしたことが起こります。すぐ止まります」
ほ、ほほぅ。そんなこともあるのね。知らないことばっかりだよ……。
授乳指導もしてもらい、時田さんの勤務終了の時間となった。病室から去る彼女に、私は声をかける。
「あらためまして、ゆうべはありがとうございました!時田さんが腰を押してくれて助かりましたよ」
「いえ、仕事ですから」
クール!でも、さっきからわずかに頬が緩んでいることくらい、お姉さんはお見通しだ!
「急な出血のときもいてくれたし、バースプランも一緒に決めたし、お産も時田さんが取り上げてくれてよかった」
「私も……一色さんがご安産で、ほっとしています。おめでとうございます」
時田さんは視線を逸らしながら、少し俯いた。その仕草は普通の可愛い女の子だ。メガネで三つ編みで巨乳というスペックは、まああんまりないけど。ほらね、ちょっとデレてくれるんだから。
ん?ご安産?
「時田さん、私の出産って、あれで安産に入るの?」
彼女の言葉が引っかかって、つい聞いてしまう。だって、すんごい苦しみましたけど!?
「分娩所要時間は十二時間ほどですし、流れもスムーズでした。安産でいいと思いますよ」
マ、マジですか~!!あんなに苦しくて普通なんだ……。
やっぱり、ふたり目は要相談にしよう。
面会時間になるやいなや、部長が病室にやってきた。
「お父さんたちは午後に来るからな」
そう言いながら、ベッドの横に座る。
私はなんだかんだでポンちゃんを抱っこしっぱなしで、ベッドに座っていた。
「ゼンさん、はい。ポンちゃん」
なんの前触れもなく、部長の腕にポンちゃんを抱かせた。ゆうべも少し抱っこしていたけれど、助産師さんたちに囲まれて、遠慮がちに抱いていた彼。
存分に抱っこしてもらおうじゃないの!なんか腕も疲れたし!
部長は焦りを見せまいと、懸命にポンちゃんを支えている。抱っこに緊張感が漂っている。
「パパっぽいです」
「そうか?」
「すごーくパパっぽい。あ、写真撮っとこ」
スマホとデジカメのダブルで撮影しておく。こういう写真が、遠い将来、ポンちゃんの結婚式のスライドショーなんかで使われるんだよなぁ……なんて思いながら。
「正直、ゆうべは全然眠れなかった。興奮してしまって」
「私もです」
「ポンが産まれたってことが、嬉しくて嬉しくて。帰ってひとりでまた泣いてた」
確かに部長は腫れぼったい目をしている。可愛いな、この人。
「それでな、まずポンに正式な名前を決めてやりたいと思うんだ」
「そうですね!いつまでもポンちゃんってわけにいかないし」
彼は以前から、候補を絞っているようだった。しかし、私の『顔を見て決めたい』という意向を尊重し、口にしないでいてくれた。
「あのな、ひらがなで〝みなみ〟っていうのはどうだろう」
「みなみ……ちゃん?」
語感を確かめるように繰り返してみる。
「〝なみ〟は、おまえの佐波から取った。〝み〟は……うちのお袋から……。美津(みつ)というんだ。漢字にしようかとも考えたんだが、ひらがなにしたいと思ってる」
「ひらがなに意味があるんですね」
「意味というか……俺の好きな女ふたりからもらった名前だが、漢字をそのまま当てたら、この子に背負わせすぎな気がしたんだ。この子の未来は白紙だから、なんの色も添えないひらがなの名前を贈ってやりたい」
きっと、部長はものすごく悩んで、この名前に行き着いたんだ。お母さんの名前を入れることだって、ためらったに違いない。
それでも、彼の中で大切な存在は、もう揺らがない。
「みなみ、みなみちゃん」
私は部長の腕の中にいる我が子に呼びかけた。
「いいのか?佐波」
「こんないい名前、他にありませんよ。ほら、もう、みなみちゃんにしか見えない!」
見れば見るほどふさわしい名前に思える。私と部長の娘にぴったり。
それに、パパの好きな女ふたりから取ったって、素敵なエピソードじゃない。
「美しい白波のように、この子にたくさんの幸せが寄せ来るといいですね」
「ああ、そう思う。子どもって不思議だな。俺はこの子が幸せになってくれるなら、もうなにもいらない」
部長の腕から、ポンちゃんことみなみを受け取る。
そのときに、彼の頬にキスをした。隙を見て、さっと。
「なにをおっしゃる旦那様。ひとまず三人で幸せになることを考えましょ」
「そうだな。……うん、俺とおまえとみなみで幸せになろう」
一色みなみ。いい名前だねぇ。
私は愛娘に頬ずりした。
名前を決めたのは計算上産後〇日で、その日の午後には、両親と社長が面会に来てくれた。
両親はあらためて初孫を抱っこして、写真を撮りまくり、年甲斐もなくだいぶはしゃいでいた。当然のことながら、涙もろい父は号泣していた。
社長もお菓子を持って駆けつけてくれた。この人もまた、みなみにデレッデレになり、相好を崩して微笑みかけていた。こんな人だったのね……と私が驚くくらい。
部長いわく、独身の社長は、これでもう結婚する理由がなくなったとのこと。
「だって、息子代わりの俺と孫娘代わりのみなみがいたら、もう自分の家族はいらんだろ」
確かにね……。いいですよ。私、社長のこと、お義父さんだと思いますから。
みなみとふたりになったその晩から、私は母乳育児にチャレンジすることにした。ミルクは飲ませず母乳で頑張る。
母乳で育てるということに、こだわりがあるわけじゃない。正直言えば、美保子さんが母乳で頑張るって言っていたのを真似っこするだけだ。
しかし、みなみは上手に吸えない。何度も吸わせて一時眠るけれど、すぐに起きてしまう。夜が更けてもその調子。授乳してみなみを寝かせても、三十分と経たずにぐずぐずと泣き出す。新生児は昼夜関係ないのだ。
明け方四時、ついにみなみは大泣きを始めた。生後一日だっていうのに、手足を不器用に振り回し、懸命にキックを繰り出し泣く。
彼女からしたら『ハラヘッタ!メシヨコセ!ネムイ!』と怒り狂う理由は揃っているわけだけど、ママ歴一日の私じゃそれがわからない。
「みなみちゃ~ん!みなみ~!」
名前を呼びながら、抱っこで病室をさまよい歩くしかない。しばらくすると、天地さんが顔を出した。
「お、元気ね~」
「泣きやまなくて……。すみません」
他にもママや赤ちゃんが入院しているはずなのに、うるさくしてしまった。
「いいのいいの。ここは産院なんだから。一色さんは母乳希望ですよね。ミルクに抵抗はある?」
「いえ……」
「今夜は少しミルクをあげて、赤ちゃんもママもゆっくり眠りましょうか?」
「私が、おっぱい出ないせいですよね!?」
勢いよく聞く私に、天地さんが、がはははと豪快に笑った。
「産後一日で滝のように出る人なんて、稀ですよ。少しずつ赤ちゃんの望む量が出るようになりますからね」
天地さんはミルクを作ってきてくれた。ほんの二十CC。ところが、これを飲んだ途端、みなみはコテンと寝た。
なんという敗北感だ。きっと母乳を決意したママは、赤ちゃんが泣くたび、根気強くおっぱいをあげるんだろうな。
「母乳育児って、やっぱり大変なんですか?」
寝たみなみを抱いて放心する私は、ものすごく疲れていた。
「うーん、難しい質問。ミルクも母乳も、一長一短と答えておきます。今は不安だろうけど、飲ませているうちに、明日か明後日には一色さんのおっぱいはどんどん張るようになってきます。そうすれば、赤ちゃんもどんどん飲んでくれるでしょう」
明日か明後日か……。まだ全然、母乳が出ている感じがしないもんなぁ。
でも、出たからといって、みなみはよく寝てくれるもんなんだろうか。結局はこうして頻繁に起きるんじゃなかろうか。
「母乳育児は確かに〝眠れない〟とか、〝おっぱいのケアが大変〟とか言われます。でも、それで諦めてしまうのはもったいない。メリットもたくさんありますよ」
メリット……産後の戻りがよくなるとか、赤ちゃんの顎が強くなるとか、経済的とか本にはあったけれど……。初日で脱落しそうな私にはできないかも……。
天地さんが私の顔を覗き込んで、あらためて問うてくる。
「一色さん、赤ちゃんに授乳しているときって、幸せを感じますか?」
「え!あ……はい」
みなみが一生懸命おっぱいに吸いついている姿は感動的だし、私もものすごく幸福だ。生きて、この子に与える。そんな感じがする。
今はだいぶクタクタで、あまり幸福感は意識できなくなっているとはいえ。
「なにも気張る必要はないんですよ。ママと赤ちゃんが触れ合って幸せなひとときを過ごす。これが母乳育児のメインだと、私は思っています」
天地さんは穏やかに言い、私の腕の中のみなみを撫でる。
「母乳が足りないママだっています。眠れなくて体力が戻らないママだっています。そういうときはミルクに頼っていいんだと思います。完全母乳にこだわって、ママも赤ちゃんもつらい思いをしていたら悲しいでしょう。他にも育児は盛りだくさんなんですから」
天地さんの言葉で、心が落ち着いていく。
そうか、また最初から張り切りすぎて、早合点するところだった。母乳で育てることにこだわったわけじゃないのに、『できないなんてどうしよう!』となるところだった。
大事なポイントはそこじゃないよね。おっぱいだけが育児じゃないんだから。
天地さんの言葉に納得した私は妙に安心して、みなみの横でコテンと寝てしまった。
次に起きたのは八時の朝食の時間で、私とみなみはようやく、四時間連続で眠ることができたのだった。
土曜日にシャワーを浴びることができ、翌日曜日には沐浴指導があった。
沐浴指導はゼンさんも一緒に受けてくれたけれど、実際に毎日やるのは私になるだろう。オムツ換え、授乳、沐浴。入院の間に、お世話を覚えておかなければならないことはたくさんある。
「退院は木曜日だろ?」
「そうですね。初産は六日入院なんで」
沐浴指導を終え、病室に戻ると、ゼンさんが確認で聞いてくる。私は頷いた。
「平日は面会時間には来られなさそうなんだが、木曜日は休みを取った。迎えに来るから」
「わかりました。こっちは大丈夫です。ちゃんとお世話、覚えておきます!」
「みなみ、四日会えないが、パパを忘れるんじゃないぞ」
部長はみなみを抱いて、愛おしそうに頬ずりした。みなみはぽけっとした表情でされるがまま。なんか、可愛い光景だ。
予想通りだけど、うちの旦那さんの親バカぶりがすでにマックスです。
帰り際、部長が思い出したように言った。
「あ、退院して食べたいものがあれば、メッセージ送っとけ」
「まだ外食は無理ですよ。金曜日にはうちの母が来るので、退院日は店屋物でも取りましょう」
「いーから、思いついたらメッセージ送っとけ!」
部長はもう一回、みなみの頭を撫でて、病室を出ていった。
えーと……、それは……、サプライズの予感?
私はみなみを抱いて、ポカンと彼を見送った。
「ご懐妊!!3~愛は続くよ、どこまでも~」はコチラから
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